夏山、冬山問わずに起こる低体温症
夏山、冬山問わずに起こる低体温症。
なぜ、低体温症は起こるのか?防ぐ方法はあるのか?時に命に関わる低体温症のメカニズムを学びましょう。
体温調整と低体温症とは
環境の温度が変わっても、恒温動物である人間は、熱産生と熱放散のバランスを保って生きて行かなければならない。
環境の温度を知るセンサーは、皮膚にあり人間の体温調整の司令部は、脳の視床下部というところにある。
生命維持装置である、脳、心臓、肺などは、36℃代の温度でその機能が正常に働いている。
この核心部の温度を「深部温度」ともいう。
外気温が低下して体表面の温度は下がっても、深部温度は下がることはない。
しかし、外気温が低下し、さらに体温を下げる条件が揃えば深部温度も下がり始める。
人間の体熱は、骨格筋で作られている。
骨格筋が収縮した時に熱が発生し、筋肉内に網の目のように張りめぐらされた血管の中の血液に、その熱が伝わり、暖かい血液が全身を循環している。
熱を作るには、エネルギー(食物)が必要である。
このエネルギーとは、炭水化物(糖質)、脂質、タンパク質の順に燃えて熱になるが寒くなればその消費量は増大する。
夏山の悪天候による、低体温症は加速的に体温が下がる
体温を奪う現象は「対流」「伝導」「蒸発」「放射」の4つが存在します。
対流:風によって体温を下げる現象。外気温が10℃で風速が10/secであれば体感温度は0℃に近い。
伝導:濡れた衣服を着れば、体温は奪われる。氷の上に座って、お尻が冷たいのは熱を奪われるため。
蒸発:汗が蒸発する時に熱を奪う。
放射:衣服を脱いで裸になれば、熱は放出される。(図 参照)
低体温症は、体の深部温度(人間の中心部の温度)が35℃に下がった状態を言うが、と同時に「血液の温度が下がる」と理解した方が良い。
低体温症は、⑴ 急性低体温症 ⑵ 亜急性低体温症 ⑶ 慢性低体温症に分類されるが、夏山での低体温症は急性で、冬山の低体温症は亜急性と思われる。
1)どんな条件で低体温症になるか?
筆者が調査した、無雪期の低体温症になった遭難8例のピンポイントで捉えた気象条件は、以下になります。
気温10℃以下、風速10m/秒以上、雨など体を濡らす天候であった。
水は空気の約24倍の熱電動率がある。
したがって体が濡れ、風が強いと体温は加速的に低下する。
熱電導率が高まる濡れ、対流(風)による体温低下、体熱を産生するカロリー不足、疲労、保温が不十分な衣服の条件が揃えば季節に関係なく低体温症は起こる。
この条件の中でも、最も体温を下げるのは「風」の強さである。
2)体温低下と症状
自分として感じる症状としては、「寒気」と「全身的な震え」である。
条件によっては、急性加速的にくる低体温症と、じわじわ体温が下がる低体温症があるが、いずれにしても、全身的震えがきた頃には、この気象条件を逃れる手段を取らなければならない。
次の段階(34℃以下)になると、意識障害が来て、自分では低体温を防御できない症状に陥いる。
ここが山で低体温症になった時のいちばん恐ろしいところである。(表 参照)
体温を下げる条件が揃えば、15分で1℃の加速度的な下降になる。
この状況になると、山中では命を救うことは難しい。
3)なぜ意識障害が早期にくるのか?
体内に酸素を運ぶ役目をするのは、赤血球の中のヘモグロビンで、肺で酸素と結合し体の隅々でそのヘモグロビンから酸素が遊離して、組織に酸素を供給する。
しかし、体温が下がるとともに、血液の温度も下がるためにヘモグロビンは、酸素といつまでも結合したままになり、酸素が遊離しにくくなる。
体の中で最も酸素を使う脳は、酸素欠乏になり意識障害を起こすことになる。
低体温症は、意識が早期にくるために、防御することができにくくなる。
低体温症のまとめ
- 低体温症の発症は風の強い稜線上が多い
- 夏山(湿性寒冷下)、冬山(乾性寒冷下)に関係なく発症する
- 急性低体温症(急激に体温が下がる)と亜急性低体温症(徐々に体温が下がる)ケースがあり、それは環境条件によって異なる
- 濡れた衣服に強風は加速的に体温が下がる
- 全身的震えがくる時が防御できる限界温度
- 悪天候下の行動は消費エネルギーが大きくなるのでこまめに高カロリーの食物をとること
- 濡れた衣服は着替える(ツエルトが有効)
- 夏でも暖かい飲み物は携帯したい
- 肌をこすっただけでは体温は上がらない。寝袋内に湯たんぽなどの加温がなければ体温は上がらない
- 雨具は防寒具にはならない
- 悪天候が予想されたら行動しない
今回のポイント
- 山での低体温症は「寒さ」「濡れ」「強風」で起こる
- 体温が下がると同時に「血液の温度」が下がるために早期に 意識障害が来る
- 悪天候下では高カロリーと摂る
出典:体温生理学テキスト 入来正躬 医学書院 2003
元文部科学省登山研修所専門調査委員
前日本山岳ガイド協会ファーストエイド委員長
NPO災害人道医療支援会常任理事
著書
「災害ドクター世界をいく」東京新聞
「感謝されない医者」山と溪谷社
「トムラウシ山遭難はなぜ起きたのか」山と溪谷社