登山で起こしやすい骨折、捻挫、脱臼。
時に、適切な対処をしないと悪化することがある。
今回は対処法のメカニズムを学んでいきましょう。
骨折の種類と危険性
高エネルギー外傷を知ってますか?
山で岩場から転落した、雪渓を滑り落ちた、雪崩に巻き込まれたなどで負った外傷は、その外傷機転にスピード・距離・高さが関与します。
それは、体に負のエネルギーがかかった状態で外傷を受けることになる。
このような状態で受けた外傷は「高エネルギー外傷」と言われ、骨折を伴うことが多い。
そして、高エネルギー外傷は多発性であり、重症度・緊急度の高い外傷になることが多く、山中では最も困難な外傷のファーストエイドが求められるケースです。
しかし、どんな状況であれ勇気を持って対処しなければなりません。
骨折の種類と感染症の危険性
骨折には、皮下骨折と開放性骨折があります。
開放性骨折は、骨折部位が皮膚を破って外に突き出している状態をいう。
そのため骨が外気に触れた状態になっているのが特徴です。(図 参照)
開放性骨折は、骨折部位が外気と触れるために骨の中にバイ菌が入りやすくなる。
バイ菌が骨髄に入ると骨髄炎になり、骨折部の骨癒合(骨がくっつくこと)が得られなくなる。
そのため開放性骨折は緊急度が高く、6時間以内に手術をしないとその感染率は非常に高くなる。
開放性骨折には骨が大きく露出して見えるようなものから、骨折部の先端が皮膚を突き破ったピンホールのような穴になっているようなものまでありますが、処置法は全て同じように対処する。
骨折したかどうかの見方
骨折した場合、以下のような症状が見られるので注意しましょう。
骨折した場合の症状
1) 骨折した場所が痛い
2) 腫れる
3) 内出血
4) 手足が変形している
5) 普段動かない所が動く(関節以外のところ)
皮下骨折の症状
上述の症状で腫れる.内出血は、受傷直後に見られず時間経過とともに出現してくることが多い。(特に亀裂骨折のような場合)
骨折直後で判断できるのは本人が最も痛がる場所を親指で押すと声を上げるような強い痛みを訴えたら骨折の可能性が非常に高い。(圧痛点)
骨折かどうか迷ったら山の中では骨折と思って応急処置の方向へ進むべきである。
* 骨折の程度にもよるが本人は当初、顔面蒼白になり、冷や汗、吐き気、不安な精神状態になることが多い。
これは外傷による精神的ショックを受けたことによるものであり、元気づけることと保温に気を配ることが大切である。
開放性骨折の症状
開放性骨折の現場での処置:骨が飛び出し出血も著しい時の処置は非常に困難を極める。
まずは傷の全体像を見る。開放性骨折は汚染創とみなして周囲を含めて傷を洗浄することが第一。
飲料水で圧をかけて洗う、洗いすぎるくらいに。消毒薬があったら周囲の皮膚を消毒する。
可能な限り清潔なガーゼやタオルなどで圧迫止血をする。
そのままガーゼやタオルを傷の上に置いて前述した持続圧迫包帯にする。
開放性骨折は骨折部で変形していることがほとんで、できるがけ手足が真っ直ぐになるように引っ張りながら固定する。
この間、非救助者は痛みを訴え苦痛であることは言うまでもない。
傷を現場で洗浄するかしないかで骨髄炎になる確率が違ってくると考えながら実行する。救助搬送を急ごう!
登山で起こしやすい骨折
1)転倒して手をついた → 橈骨遠位端骨折(手首の骨折)(図 参照)
手首が痛くて動かない、腫れる。手首が フォークのような変形をきたすことあり。
2)足を滑らして転倒した → 大腿骨頚部骨折(股関節部の骨折)(図 参照)
股関節周囲を痛がり、立つことができない。
3)尻もちをついて転倒 → 腰椎圧迫骨折(腰の骨が潰れる)(図 参照)
以上が高齢者に多い骨折である。
特に女性はホルモンの関係で骨粗鬆(しょう)症になりがちで転倒すると骨折しやすい。
この三つの骨折は高年者に多く、2)3)は立位や歩行は厳禁。
4)肩から転倒 → 鎖骨骨折、肩鎖関節脱臼、肩関節脱臼(図参照)
5)転倒して胸を打つ → 肋骨骨折(図参照)
6)足首をひねる → 足関節周囲の骨折(図参照)
7)捻挫、転倒による下腿を強打するまたはひねる → 下腿骨骨折(図参照)
8)指をついた → 指の骨折、指関節脱臼
骨折の処置方法
骨折はなぜ早期の固定が必要か?
骨折をした場合、どうして良いのか悩む方も多いだろう。早期対応することで防げることが多い。
1)骨折部位の動揺を防ぎ、痛みを軽減する
2)折れた場所の転位(筋肉に引かれるため)を防ぐ
3)鋭利な骨折端による血管や神経の損傷を防ぐ
骨折の固定法にも決まりがある
1)骨折したと思われる場所の上下二関節を固定すること。
* 例えば下腿を骨折した場合、足関節と膝関節を固定。前腕骨折の場合は手関節と肘関節を固定する。
骨折部の外側、内側を固定具でサンドイッチにするとより固定が強固になる。(骨折部の動きを止める)(図 参照)
2)良肢位で固定すること。
*上腕、肘、前腕、手首の骨折は肘を90度に曲げ親指を立てた状態で手のくるぶしまで固定して手に回転を加えないようににする。
三角筋で吊った状態にしてこの三角筋を横どめして体に固定 する(デゾー固定)。(図 参照)
3)固定具と肌の間には必ずクッションに置く。
*骨折後は腫れるのと直接固定具を縛ると神経圧迫などを招くことがある。
肌の上にはタオルや衣服を丸めたものを置いて その上から固定する。
4)骨折したと思われる場所の上を決して縛らない。
* 骨折部位を強く締めると血行障害を起こすことがある。
5)膝より上(大腿骨骨折など)は体幹固定が必要になる。(図 参照)
6)鎖骨骨折は三角布でたすき掛けに。(鎖骨骨折は指で触ることができる、肩があがらないと痛がるのが特徴)
* 胸を思っ切り後ろにそらした状態三角巾を二本つなぎ合わせてタスキがけのような8字様に固定する。
この時脇の下と通る神経を圧迫するので脇の下にタオルなどクッションになるものを入れておく。(図 参照)
7) 肋骨骨折は治りやすい骨折。
胸を強打すると肋骨骨折することがある。くしゃみや咳で骨折部に激しい痛みを感じる。
呼吸困難になるようであれば骨折が胸腔内に出血して肺を圧迫するなど緊急性の高い病状になる。
固定はテーピング用テープか三角布で最大呼気(一番空気を吐いた状態)の時に固定する。(図 参照)
肋骨骨折は骨折部に接する肋間神経を刺激して痛みが強いのが特徴であるが、肋骨は扁平で骨膜が厚く骨としてはつきやすいので時間が来れば骨癒合が得られやすい。
8) 指の骨折、脱臼整復後の固定は隣の指とテープで固定する。
指の骨折は変形しやすいのでまっすぐに引っ張って整復する。
脱臼もまっすぐに引っ張って整復してからこれも隣の指をテープで固定する。(図 参照)
指の外傷は手の機能として大事なので軽く見てはいけない。
9) 脊椎骨折は重症性、緊急性が高く、固定、搬送に注意を要する。
脊椎骨折はスピードのついた転落、滑落、雪崩に流された時に起こりやすい。
脊椎骨折を疑われた場合は現場からの移動を慎重にしなければならない。
脊椎は人間の重要な神経の中心にある脊髄が通っている場所であり、脊椎損傷すると脊髄損傷して麻痺を起こすことがある。
したがって扱いを間違えば麻痺を引き起こすことになりかねない。
脊椎骨折の最大の症状は強い痛みです。
頚椎であれば首の、腰椎であれば腰の強い痛みを訴える。
山中では高エネルギー外傷が疑われ、頚部、胸部、腰部の強い痛みを訴えたら脊椎の損傷あり、と考えた方がいい。
損傷後、直後に手や足に麻痺が来ているようであれば脊髄損傷を疑う。(握力の左右差、手の感覚の左右差、下腿の動きが悪い、感覚が違うetc)
脊椎骨折を疑う場合は安静と全身の固定が必要です。
頚椎損傷を疑う場合は頚椎の固定は必携(芯になる新聞紙やダンボールなどをタオル等で包んで頚部を固定する。(図 参照)
腰椎損傷の場合も寝たままの体位が必要で、搬送はバスケットタイプのストレッチャー(下に衣服などを敷き、底が硬いボード)のものが必須である。
決してヘリで救助する場合、抱きかかえ吊り上げ式の搬送をしてはならない。症状の悪化を招く恐れがある。(図 参照)
安静を要する外傷であるが救助が来るまで保温に充分気をつけたい。
捻挫の処置方法
捻挫をあなどるな
登山中に最も捻挫しやすいのは足関節である。
捻挫とは関節が過剰に動かされたために関節を包んでいる袋( 関節包)や関節を繋いでいる靭帯が切れたり伸びたりした状態のことを言う。
症状は骨折とほぼ同じで痛み、内出血、腫れが主である。
しかし、捻挫に骨折を伴っていることがあり、山中では判断で きない場合が多い。
その時は骨折と同じ扱いをする。 痛みが強い場合は歩行してはならない。
体重がかかる関節(股関節、膝関節、足関節)や骨の損傷は荷重(体重をかける)させてはならない。
病状が悪化することがある。
捻挫の応急処置は「あ.れ.やっ.た」療法が基本である。
「あ」:圧迫(テーピング)やシーネで固定する。
「れ」:冷却、雪や濡れタオルで冷やす。
「やっ」:休む、体重をかけない。
「た」:高くあげる。患部を心臓より高くあげる。
脱臼の処置方法
* 関節周囲の外傷は最初の応急処置をきちんとやらなければ後遺症を残すことがある。
脱臼は肩関節が最も多い。脱臼した場合、正面から肩を見ると肩の前がポコリと突出し、強い痛みを訴える。(肩関節は前方脱臼が大半)
整復法は色々あるが原則として素人がやるべきではない。
場合によっては脱臼に骨折が伴っていることがある。
三角布で腕が動かないようにして(デゾー固定)下山を急ぐ。
脱臼は関節が外れるのでその周囲の関節包や靭帯の損傷がともなっているので脱臼整復(手指なども)後は2~3週関節を固定しておく必要がある。
これを怠ると習慣性脱臼につながり再脱臼にしやすくなる。
肩から転倒すると鎖骨の端っこと肩甲骨を結んでいる靭帯が切れる肩鎖関節脱臼がある。
肩の上方が膨らんで見える、痛みと肩が挙がらず押すとピアノのキーのように上下する。
これも三角布を用いてデゾー固定して下山させる。(図 参照)
今回のポイント
1) 骨折かどうか迷ったら骨折と思え
2) 骨折部位の固定は強固に、固定具と肌の間にはクッションを
3) 脊椎骨折を疑う場合は搬送を慎重に
元文部科学省登山研修所専門調査委員
前日本山岳ガイド協会ファーストエイド委員長
NPO災害人道医療支援会常任理事
著書
「災害ドクター世界をいく」東京新聞
「感謝されない医者」山と溪谷社
「トムラウシ山遭難はなぜ起きたのか」山と溪谷社