凍傷と聞くと、どんなイメージを持つでしょうか?
凍傷は寒冷から起こる病気で、重症になると手指、足趾を切断することもあります。
今回は凍傷のメカニズムを知り、適切な対処方法を学んでいきましょう。
凍傷とはどんなもの?
「凍傷は自分のミス」
凍傷は重症になると、手指や足趾に壊死(細胞が死んでしまう)を起こすので切断術を要し、人間の機能に重大な影響を及ぼす。
しかし、その原因のほとんどがヒューマンエラーであり、防げ得たことでもある。
凍傷はこうして起こる
凍傷になる絶対条件は「寒冷」である。
環境温度が低下すると交感神経が反応し、体熱を逃がさないために血管は収縮する。
脳、肺、心臓などの生命維持と言われる臓器の温度は、常に一定の温度を保つために体表面の温度は下がっても36℃台に保たれている。
心臓から最も遠い手足の血管の直径はミクロ単位の細さであり、血管が収縮するとさらに細くなり血流は悪くなる。
この時、濡れた手袋や靴下をはいていた、足趾に靴の圧迫が加わっていた、素手で作業したなどで、局所がより寒冷及び血行障害を起こす条件が重なれば、末梢は血管径がより狭くなり、血液の個体成分(赤血球など)が、その血管径の通りにくくなるために(泥化現象)血管は閉塞された状態になる。
閉塞された先には酸素も栄養も行かなくなるために、細胞は壊死(死んだ状態)になってしまいます。
一番先に最も血行が悪くなってしまうのは、末梢神経への血流であるために最初の手足の血行障害のシグナルとして指先がジンジンと痛み出す。
これは「凍傷になるイエローカード」です。
手足を寒冷にさらされた環境が改善されることがなければ、より径が太い血管まで閉塞されて凍傷になる範囲は広がっていく。
「凍傷は、寒冷にさらした時間が長ければ長いほど重症になる」
凍傷受傷部位
凍傷を受傷した場所は、低体温症と同じで風の強い稜線上が最も多い。
国内では八ヶ岳が最も多く、冬山の登山人口が最も多いからであろうが八ヶ岳稜線の寒さは厳しく、強風が吹くことが多い。
凍傷部位は、手指が最も多く、特に右の中指.環指.小指の受傷率が高い。
これは、右手でピッケルを握るために金属からの寒冷伝導で指の熱が奪われることと、関節が屈曲位になることによって循環障害をきたすためと思われる。
続いて足趾は母趾と第Ⅴ趾が多い。
これは、下山中に受傷することが多く、足が登山靴にあたる圧迫による循環障害と思われる。
顔面や耳の凍傷もよくあるケースだが、顔面は血管が豊富で血流が良好なために自然に治ることがほとんどである。
凍傷の分類
凍傷は、教科書的には第Ⅰ〜Ⅳ度に分類されているが、筆者は「表在性凍傷」「深部性凍傷」「混合性凍傷」の三つに分類している。
理由は切断を要するか要しないかの違いである。
「表在性凍傷」とは、水疱がある表皮止まりの凍傷。
「深部性凍傷」は、真皮まで病変が及んでおり後に壊死になり切断を要することになる。
「混合性凍傷」は、表在性と深部性の入り交ざったもので、これも後に切断を要す部類に入る。(表 参照)
国内の凍傷例は、圧倒的に水疱を有する「表在性凍傷」が多い。(写真 参照)
高所登山で受けた凍傷は、酸素が少ない高所という環境なので、体内ではより少ない酸素を取り込むもうと赤血球が増えます。
そうすると血液は、濃縮された状態になり、血流が悪く寒冷によって血管収縮が起こり、容易に血管は閉塞されるために「深部性凍傷」になりやすい。
受傷直後に表在性か深部性を判断するには、皮膚の色が最も重要。
指先の先端に少しでも赤みがあるのは表在性、紫色や黒っぽい色の皮膚はすでに壊死になっているところが深いので深部性である。
受傷直後の程度の診断は難しいとも言われているが、皮膚の色から容易に程度がわかる。
凍傷の対処方法
凍傷になってしまった際、現場でやっていいことやってはならないことがある。
水疱は決して破ってはならない
「表在性凍傷」の水疱は、動脈の血管閉鎖により静脈の血行も悪くなり血管壁の透過性が増すために、血管外に血液の水分が露出したために形成されたものである。
しかし、この水疱を破ると感染しやすく、真皮の乾燥化が起こり凍傷は悪化する。
温浴対処について
現場で温浴をして血行改善しても、その後の下山でまた寒冷に晒すと再凍結するので下山途中に温浴をしてはならないと内外の本に書いてある。
しかし、再凍結とはどのようにして起こるのかその根拠や過程については書かれていない。
数多くの凍傷治療を経験してきたが、再凍結しましたという症例は1例も経験していない。
むしろ、この再凍結を恐れたために寒冷に晒した時間が長くなり、途中で温浴する機会があったにも関わらずそれをしなかったために重症化した例は多くある。
「凍傷は、寒冷に晒した時間が長ければ長いほど重症になる」と述べたように、温浴を早期に行い患部の保温に気をつけて下山すれば問題はない。
温浴は、テントや小屋で温度が下がらないようにして、42〜43度のお湯に30分以上つけて、乾いた布で水分をよく拭き取り保温性の優れたもので覆う。
この時に暖かい飲み物を飲む。(図 参照)
温浴後に血行が良くなると軽度の痛痒い感覚、アリがはうような蟻走感を感じる。
ホッカイロなどの発熱剤を持っている場合は、手首(脈拍を取るところ)を低温熱傷にならないように布に包んで、血液を温める感覚で手袋中に入れる。
足の場合は、足首を同様にして温めてやると効果的である。
凍傷にならないために必要なこと
凍傷は、ヒューマンエラーによって起こったものなので、注意すればならずにすむ。
1)冬山を行動できる十分な体力をつける。
寒冷に晒す時間を短くするために行動のスピードアップをはかる。
凍傷例をたくさん診てきたが、凍傷受傷と疲労度は大きく関係している。
2)装備のチェック
準備の段階から防寒、防風に対する衣服のチェックを怠らない。
手袋、靴下のスペア、頭部、顔面の防寒装備は十分か。
3)襟首、手首、足首の3首の冷えは凍傷になりやすい。
首の保温を十分に。
4)暖かい飲み物と水分補給を十分に。
暖かい飲み物は精神的にリラックス感を与える。
冬とはいえ十分な水分を取る。
5)ビバークは体力のあるうちに
ビバーク中に凍傷になった例は多い。
体力に余力があってのビバークには凍傷例が少ない。
6)行動中に手足のチェックを
朝の早い時間の出発は最も気温の下がっている時、パ—ティーであればお互いに行動開始の1時間以内の手足の温度、感覚を確かめあおう。
濡れたものは早めにチェンジ。
稜線での強風は一気に体温を奪うので、防風、防寒を再度チェック。
7)体感的に天候の変化を予測できる能力を身につける
雪の降り方、雪質、風の変化を感覚的に身につけ、気温の変化を肌で感じることも防御方法を知る能力の一つ。
冬山は、アプローチに立った時から体は気温の変化を読み取っている。
今回のポイント
1)凍傷はヒューマンエラーである
2)水疱形成は破ってはならない
3)現場でも早期に温浴治療を
元文部科学省登山研修所専門調査委員
前日本山岳ガイド協会ファーストエイド委員長
NPO災害人道医療支援会常任理事
著書
「災害ドクター世界をいく」東京新聞
「感謝されない医者」山と溪谷社
「トムラウシ山遭難はなぜ起きたのか」山と溪谷社