中高年に多く発症する山での突然死。
急激な頭痛、胸痛など予兆が見られることもある。
今回は、脳と心臓の急変について学びましょう。
山での脳と心臓の急変
日本における病気の三代死因は癌、脳血管障害、心臓の病気である。
特に脳血管障害、心臓の病気は中高年に多く発症するので、中高年の登山者が多くなった昨今、登山中にもこれらの病気が突然起こりうる。
脳の急変
突然の脳障害には脳梗塞、脳内出血がある。
山の中で外傷も無いのに突然の頭痛、めまい、手足のマヒ、言葉のもつれなどの症状が出て、意識が失われて行くような場合は脳障害を疑う。
1)脳梗塞
脳梗塞には脳血管が動脈硬化を起こし、徐々に血管が狭くなって血の塊(血栓)が詰まってしまうものと、心臓から血栓が飛んで来て脳血管が詰まってしまうものがある。(図 参照)
2)脳内出血
血圧が高い人に多く、これにより脳内の血管壁が傷んでいるとそこから突然血管が破れ出血してしまうのが脳内出血。
過労、飲酒、精神的興奮、入浴の時に起こることが多い。
突然の激しい頭痛、痙攣、麻痺、意識障害がきたし、呼吸困難になる。
出血の場所によっては軽度ですむ場合もあるので安静、頭部冷却して救助を待つ。山中では救命が難しいことが多い。
* 脳疾患の急変に対する有効なファーストエイドはないが、嘔吐による吐物の気道閉鎖に対する気道確保、人工呼吸、昏睡体位にして救助を待つ。(図 参照)
心臓の急変
1)狭心症
心臓は生命が誕生した時から死亡するまで動き続ける。
動き続ける筋肉は心筋といい、酸素や栄養は冠動脈という動脈からそれを受けている。(図 参照)
この冠動脈が硬化して血管にコレステロールが溜まったりすると、血管腔が狭くなり血液の流れが不足してしまう。
この時「狭心症発作」と言われる鋭い胸部痛を起こし、呼吸困難を起こすこともある。(図 参照)
この発作は激しい運動、喫煙、飲酒、過労などの時に起こし、登山中に起こした例は多くある。
軽い例であれば発作がおさまる数十分間安静にしていればいいが、特効薬のニトログリセリンの使用で発作は治まる。
* ニトログリセリン=血管拡張薬で冠動脈を広げ血流を改善する。
2)心筋梗塞
前述した冠動脈が完全につまってしまうと血流が止まってしまい、心臓の筋肉に酸素、栄養が行かなくなり心筋は壊死(死んでしまう)になります。(図 参照)
症状は「死の恐怖」を味わうような強烈な胸の痛みを訴える。
しかし、症状の軽いものもある。
これにはニトログリセリンは 無効である。
これも運動中、天候の急変時、飲酒、入浴中などに起こる。
心筋梗塞を起こす何日か前に狭心症発作を起こしていることが多い。
本人の最も楽な体位で寝かせて絶対安静を保つ。
胸痛が長引くようであれば緊急性は高い。
救助要請を急がなければならない。
3)大動脈の急変
大動脈は心臓から最初に出て行く血管で太く常に高い圧力を受けている。
動脈の血管壁は内膜、中膜、外膜の3層になっている。
動脈硬化を起こしてくると血管壁の弱い所に血流の圧迫を受け血管がこぶのように膨らんでしまう。
これが大動脈瘤であり、 胸部の弓部大動脈、胸部上下行大動脈、腹部の腹部大動脈にこのこぶを形成する。(図 参照)
このこぶの部分の血管壁の強度は弱くなってしまい、内膜に傷が入り中膜まで血液が流れ込むと、やがて血管が突然破れてしまう。
これが大動脈解離による血管破裂である。
突然強烈な胸痛と背中の痛みに襲われる。
狭心症、心筋梗塞も胸部痛を訴えるが、大動脈瘤は背中を強いバットで殴られた様な痛みを訴えるのが特徴である。
大動脈が破裂するとショック状態になり血圧が下がり、意識を失う。
この大動脈瘤破裂はいわゆる「突然死」することが多く、山中での救命は困難である。
今回のポイント
1. 急激な頭痛、胸痛がある場合は脳や心臓の急変
2. 脳や心臓の急変は山での救命は難しい場合が多い
3. 高血圧や持病のチェックを怠ってはならない
出典:からだのしくみ事典 浅野吾朗 成美堂出版 2013
元文部科学省登山研修所専門調査委員
前日本山岳ガイド協会ファーストエイド委員長
NPO災害人道医療支援会常任理事
著書
「災害ドクター世界をいく」東京新聞
「感謝されない医者」山と溪谷社
「トムラウシ山遭難はなぜ起きたのか」山と溪谷社