山で起こりうる病気はいくつもある。
まだ連載内で説明していない「腰痛」「こむらがえり」「腹痛」「雪目」について記載。
それぞれの病気のメカニズムを理解し、正しい山のファーストエイドを学びましょう。
山で起こりうる病気のメカニズム
腰痛
重いザックを背負って行動する登山は腰に相当負荷がかかっている運動であると考えるべき。
腰部は前かがみ、後ろに反る、横に反るなどの運動ができ、いわゆる頚椎と同様にフレキシブルに運動可能な部位である。
フレキシブルに動くということは強度的には弱いという弱点を持っている。
腰椎は第一腰椎から第五腰椎までの5つの腰椎で構成され、それぞれの腰椎の間(椎間)には椎間板というクッションが挟まっている。(図 参照)
急性の腰痛症は、「ぎっくり腰」といわれているが「ぎっくり腰」という病名はない。
急性腰痛症を起こす原因とは
1)筋筋膜性腰痛症
腰椎を支えている筋肉がオーバーユースなどでこの筋肉に急性炎症を起こして腰痛となる。
スポーツ中に起こしやすい腰痛でもある。重苦しい腰痛のみで足が痛い、しびれるなどの下肢症状はなく、レントゲンにも異常を示さない。
2)椎間関節性腰椎症
腰が前後左右に曲げれるのはこの関節のためであり、この関節にねじれなど負荷が加わった時に急性の炎症を起こす。
後ろに反る動作が痛みのためにできにくくなる。
これも下肢症状なく、レントゲンも正常である。
この1)2)の腰痛症は安静、消炎鎮痛剤の服用で2~3日間で治ることが常である。
3)腰椎椎間板ヘルニア
椎体の間にクッションの役目をする椎間板が圧力に耐えられなくなって後方に滑りだした状態を言う。
滑り出した椎間板は神経根を圧迫するので、腰痛+左右どちらかの足の痛みとしびれなどが伴うことが特徴である。
また椎間板症と言って重い荷物を持った時など下肢症状がなくも椎間板の圧力が高くなった状態の時も急性腰痛を起こす。(図 参照)
模型:椎間板ヘルニアによって神経が圧迫を受けている。(赤くなっている部分)
ヘルニアは腰椎下部で起こりやすく飛び出した椎間板が足に行く神経を圧迫するために足の痛みやしびれ、運動障害を伴う。
確定診断をするにはMRI検査が必要である。
この3つがおおよその急性腰痛の原因であることが多い。
この他にも腰椎分離症、腰椎すべり症、高年になると骨粗鬆症、変形性脊椎症、腰部脊柱管狭窄症などでも腰痛が起こる。
山で急性腰痛症になったら: まずは安静です。
膝をくの字に曲げてその間に座布団などを入れると腰椎への負荷が少なくなり楽になります。(図 参照)
消炎鎮痛剤があれば服用する。
どうしても山を降りなければならない時は、ザックは背負わない。
腰部にコルセット替わりに帯のような代用になるものを巻いて腰を安定させた状態で下山する。
入山前に腰部の柔軟体操を。
こむらがえり
こむらがえりとは、ふくろはぎ(腓腹筋)に起こる持続性の有痛の筋肉の攣縮(痙攣)である。
しかし、そのメカニズムはわかっておらず脱水やカルシュウムやマグネシュウムの電解質異常で運動神経と筋肉の接点のところで起こる異常興奮で筋肉が痙攣するとされている。
激しい運動、水泳、睡眠中に起こる。
こむら返りが起こったらつま先立ちのまましゃがむ、足を伸展させふくろはぎを伸ばしてやると回復することがある。(図 参照)
ふくろはぎをマッサージする、患部を温めることも良いが、漢方の芍薬甘草湯は速効性で有効である。
登山の開始、終了時に手足のストレッチをきちんとやることも大切です。
急性の腹症
突然に激しい腹痛に襲われる胃に穴(胃穿孔)が開いたり、胃出血 (出血性胃潰瘍)、腸閉塞などは緊急手術を要するので緊急性は最も 高い。
激しい腹痛、嘔吐、下痢、下血、発熱などの症状と血圧低下などバイタルサインの悪化は重症と見ていい。
登山中に最も起こしやすいのは消化器系の急性腸炎だろう。
疲労、暴飲暴食、食い合わせの悪いものが腸粘膜を刺激して腸炎を起こす。
むかつき、嘔吐、下痢、腹痛など症状を起こすが、これに 発熱が伴うようであれば細菌感染による腸炎の疑いがあるので要注意である。
下痢が激しいと脱水症状になるので水分の補強とともにスポーツドリンクを併用して電解質を補う。
食べ物は食べずに安静を試みる。
発熱があり感染性の腸炎を疑い場合は下山を急ぐ。
胃薬(整腸剤、痛み止めetc)は、ファーストエイドキットの中に入れておきましょう。
雪目
雪渓を歩いた夜などに目がゴロゴロして涙が出て目が痛くなる のが雪目と言われる紫外線による角膜の急性炎症です。
目が真っ赤になり痛みが伴います。
夏でもサングラスは必携ですが、目全体を覆うサングラスがいいでしょう。
目を冷やし、消炎鎮痛剤を服用すると症状は改善します。
今回のポイント
1) 登山中の腰痛を起こさないためには入山前の柔軟体操が大切
2) こむら返りには芍薬甘草湯が著効
3) 下痢は脱水症になる
元文部科学省登山研修所専門調査委員
前日本山岳ガイド協会ファーストエイド委員長
NPO災害人道医療支援会常任理事
著書
「災害ドクター世界をいく」東京新聞
「感謝されない医者」山と溪谷社
「トムラウシ山遭難はなぜ起きたのか」山と溪谷社