登山のファーストエイドには問題点が多い。
問題点を知り、正しい山のファーストエイドの学び方を知ろう。
登山のルールブックとは
他のスポーツにはルールがあり、やってはいけないことなどをルールブックに書いてありそのルールに従って勝敗を決める。
しかし、登山にルールブックはない。
登山のルールブックは自分で作るしかない。
登山は地形、高度、気象に影響される行動をしているが、これらの環境条件が自分にとって厳しくなった時に事故が起こりうる。
山での病気や怪我は環境変化による疾患と言えるだろう。
事故を予防するにはいろんな正しい知識を知っていなければならない。
医療的な知識も登山をする上で、知っておかなければならない知識の一つである。
医療的な知識不足が招いた大事故
こんな事例がある。
2009年7月16日北海道トムラウシ山のツアー登山中の18名の登山者が暴風雨に会い、8名が死亡するという山岳史上稀に見る遭難事故があった。
死因は低体温症で、この事故調査委員会はガイドの天候判断ミスと結論づけた。
警察は企画したツアー会社を業務上過失致死で起訴しようとしたが、裁判の争点が見当たらない。
何故か、低体温症が死因であればそこまでの過程が最大の争点になるはずである。
しかし、ツアー会社、ガイドそしてツアーに参加した登山者達は山で起こりうる低体温症について知識がなかった。そのため争点がないので起訴ができなかったようである。
この遭難事故を含めて登山中に低体温症になり意識障害になった生存者に、直接会ってその時の状況を聞いた。
会った20名の遭難者はいずれも低体温症の知識に乏しかった。
知識が無いために、その時自分に何が起こっているのか解らないために防御の方法が解らなかったと語った。
知識がないために起こった遭難事故といっても過言ではない。
ファーストエイドに最も大切なこと
登山者にとってファーストエイドを学ぼうとするなら、基礎的医学知識を習得することがまず一歩目。
登山者のためのファーストエイドといえば、蘇生術や外傷の応急処置などの実践的な処置法などを教えられ、また登山者自身も明日からでも役に立つファーストエイドを知りたいと言う。
登山のためのファーストエイドとは、応急処置や蘇生法はもちろんのこと、熱中症や低体温症など登山で起こりうる傷病を基礎的知識からきちんと覚えておくことが大切である。
本当に身についたファーストエイドになるには、いかに医学的基礎知識(難しいものではなく)を理解しているかにかかっている。
何故圧迫止血法で出血が止まるのか、意識の判定はどう見ればいいのか、何故心停止の時に胸骨圧迫は100回/分もやらなければならないのか。その根拠が解っていると理解度が違う。
登山者は傷病の診断はできないが、重症なのか緊急性を要するのかの評価はできる。
その評価がファーストエイドでは最も大切なことである。
登山のファーストエイドの問題点
我々の医療には必ず傷病のための指針(ガイドライン)と根拠(エビデンス)があり、これに基づいて普段診療をしている。
登山者もファーストエイドを学ぼうとしたら、この医学的指針と根拠に基づいたものが必要である。
しかし、現在の日本には野外救急医療(登山のための)の指針は残念ながら無い。
従ってファーストエイドを教える団体や個人は、指針がバラバラで統一性がないのは残念である。
国家資格(医者、救急救命士など)の無いその道に精通した人、ファーストエイドインストラクターと言われる人たちが実際は山のファーストエイドを教えているのも現状です。これは決していいことではない。
山のファーストエイドにおいても、その基礎的医学知識を教えるのは医療の国家資格を持つ者しかいない。
簡単なファーストエイドなんてありえない。
どんなに重症であっても、適切に医療機関に引き渡すまでは最大の努力を行って欲しい。
救助訓練をする時も模擬遭難者がどういう傷病なのか、その設定と応急処置をしたうえで搬送技術の訓練に入らなければ生きた訓練にはならない。
登山を趣味としている登山者がファーストエイドを学びたいと思っても現在の日本においては正しいファーストエイドを教わる機会が少ない。
赤十字や消防署の講習が一般的ではあるが、これは初歩として学ぶいい機会と思われる。
そこからもっと学ぼうとするなら、まず自分で優しく書いた一般向けの「体の仕組み」「体の生理学」など本を読んで基礎的な医学知識を身につける。
それから医療従事者が教えるファーストエイドの講習を受けるのが最もいいだろう。
ファーストエイドにおける医学的根拠をきちんと言え、医学的質問に答えられるような医師から講習されるべきである。しかし、現段階で医師がきちんと教える山のファーストエイド講習会は少ない。
山があり登山者がいる限り山での遭難事故がゼロになることはない。
しかし防ぎ得た遭難事故はあったはずだし、応急処置や心肺蘇生をやっていれば助かっていたケースは今までたくさんあったはずである。
理想的には、登山におけるファーストエイドの知識と技術は全ての登山者が知っておくべきである。
山岳救助隊員、山小屋の従業員、山岳ガイド、山岳会会員、一般登山者などがあらゆる機会にそれを学ぶ機会があっていい。
ファーストエイドの講習は一回受けただけでは決して身につくものではない。
何度でも受けられるようにしておかなければならない。
しかし、教える側の医療関係者がそんなに頻回に講義できないのも事実である。
ならどうしたらいいか?
これには国、県、山関係の協会のバックアップが必要であり(資金的にも)、教える側は前述したように山のファーストエイドの指針を作り統一的な教え方をしなければならない。
誰でも学べるような体制が欲しい、これは日本の山岳界の一つの課題と考える。
ファーストエイドの幅広い普及は少しでも山岳遭難を減らすことに役立つと思っている。
今回のポイント
1)山のファーストエイドを学ぶなら、まず基礎的医学知識(簡単な解剖学、生理学)を学ぶことから始めること
2)なぜそういう傷病が起こるのか、なぜそういう処置をするのか、その根拠を知ること
3)ファーストエイドの最も大切ことは傷病者の重症度、緊急度の評価をある程度できることでそのための正しい知識を知っていること
4)どんな登山にもファーストエイドキットは持参すること
5)ファーストエイドの講習は繰り返し受けることで身につく
6)「最悪の状況を想定して最良の準備」がファーストエイドを学ぶ原点
元文部科学省登山研修所専門調査委員
前日本山岳ガイド協会ファーストエイド委員長
NPO災害人道医療支援会常任理事
著書
「災害ドクター世界をいく」東京新聞
「感謝されない医者」山と溪谷社
「トムラウシ山遭難はなぜ起きたのか」山と溪谷社